第5回:空間構造の応答制御
今回は前回と少し対象を変えて、スタジアムや展示場、体育館などの「空間構造」のエネルギー構造デザインについて考えてみましょう。
空間構造は大きな屋根があることが特徴で、「大スパン建築」などとも呼ばれています。
このような建物では、今までに見てきたような各階に床や柱がある「ビル構造」と比較し地震時の応答性状が大変複雑になってきます。
まず、一般的な構造計算の大前提となる「剛床仮定」が成り立ちません。
従って、建築基準法で規定されるような各レベルで一様な応答加速度を仮定することができず、ライズのある屋根では【図1】に示すように、水平地震入力を受けた際にも屋根各部で鉛直方向の応答が励起されます。
それも単純な振動モードではなく、多くの近接した固有周期を持つ振動モードが連成し、その応答性状は大変複雑になります。
明確な崩壊メカニズムを想定することも困難であり、屋根構造に崩壊メカニズムを形成した際には、鉛直荷重と連成し屋根崩壊に繋がる危険性もあります。
このことからこのような空間構造では極めて希に遭遇する地震動に対して下部支持構造で崩壊メカニズムを形成させるか、ほぼ弾性範囲内で設計することが一般的です。

【図1】空間構造の応答特性
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この状況に対し、第1回で議論したようなエネルギー吸収部材を導入し、入力をカットする「ヒューズ」効果とエネルギー吸収する「ダンパー」効果を利用したデザインの試みが広がってきています。
エネルギー吸収部材の挿入箇所としては、【図2】に示すようなパターンが考えられます1)。
(R-1)は屋根面にエネルギー吸収部材を配置する方法で、青森県の「つがる克雪ドーム」などで採用されています。
(R-2)は屋根の支持部に免震装置を導入する方法で、「山口きららドーム」を始め国内外に多くの事例があります。
(R-3)は下部支持構造にエネルギー吸収部材を導入する方法で、「豊田スタジアム」など多くの空間構造で採用されている方法です。
(R-4)は建物ごと免震化してしまう方法でサンフランシスコの空港ターミナルビルがこの方式で建設されています。
特に(R-2)と(R-3)は費用をかけずに空間構造の耐震性能を効率的に向上できる方法で今後の普及が期待されます。
設計方法については現在、日本建築学会で編纂中の「ラチスシェル屋根構造設計指針」に明示される予定ですが、以下筆者が設計した事例について数例を紹介したいと思います。

【図2】ラチス屋根構造の損傷制御
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【図3】は駅上家(東急緑が丘駅)の改修デザインです。
鋼管をメッシュ状に編んだ単層ラチスボールトに膜屋根を張った構造で、桁行方向に高い剛性を有しますが梁間方向は柔らかい構造です。
膜受け材や架線の吊りトラスを動員して剛性を確保していますが、柱脚剛性が低下した場合に重量の大きなRC高架橋と共振し、大きく振られる危険性がありました。
そこで極小の座屈拘束ブレース(降伏軸力140kN)を2本、梁間方向に設置することで固有周期と減衰を調整し、レベル2地震入力時の応答変形を1/35から1/325まで激減させています。
【図4】に設置されたブレースの写真を示します。
直径114mmのエネルギー吸収ブレースは片手でつかめるほどの大きさで、軽快な構造デザインを損ねないよう配慮されています。

【図3】駅上家への適用(東急緑が丘駅)*設計:安田アトリエ
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【図4】取付けられたエネルギー吸収ブレース
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同様のコンセプトは新築のみならず、既存空間構造の耐震改修にも応用され始めています。
【図5】は2011年の東日本大震災で被災した高校体育館です。
壁面ブレースは全て座屈・破断し、屋根トラスは一部が座屈するとともに照明が数多く落下し、死傷者が出かねない被害となりました。
このような被害も鉛直方向が励起される空間構造特有の応答特性が影響していると考えられています。2)

【図5】被災した学校体育館
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同体育館を改修するにあたり、どのような方法を採用するかが議論となりました。
破断したブレースと同様のアングルブレースを保有耐力接合で設置するのが一般的に行われている方法です。
しかし同体育館は地震後避難施設として使用できなかったばかりか、その後予算が認められ改修が完了するまでに2年を要し、その間体育の授業や入学式・卒業式ができなかったことから、この高校では「今度地震があっても継続使用できる改修」を目指すこととなりました。
座屈しない剛強なブレースを入れた場合屋根部の鉛直応答が励起され、最大応答加速度が2G(Gは重力加速度)近くとなることがわかったため、エネルギー吸収部材を利用した「柔らかい改修」を採用することとしました。
この方法であれば、レベル2地震入力時でも屋根応答加速度が0.6G程度に抑えられ、かつブレースも損傷しないため継続使用が可能となります。実際の設置状況を【図6】に示します。

【図6】エネルギー吸収部材による改修
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同様の考え方を導入した学校体育館の耐震改修設計例を【図7】に示します。
この体育館では梁間方向で耐震指標が僅かに不足していました。
しかし主構造が保有水平耐力を発揮する層間変形角は1/100を超え、その際には引張りブレースは保有耐力接合されていても座屈・破断に至る危険性があるため、設計者は【図7】左に示すように必要耐力を全て付加ブレースで補う計画を行いました。
さらにブレース反力を取るため基礎の補強も必要となります。
一方、ブレースを同図右のように靭性型のエネルギー吸収ブレースにすれば大きな層間変形角まで座屈することなく耐力を保持できるため、足りない分だけの補強ですみ基礎の補強も不要となります。
この方式の改修は同型の体育館の改修に多く取り入れられています。

【図7】靱性型耐震補強のコンセプト
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東日本大震災では、鉄骨屋根がRC片持ち架構で支持された、いわゆる「鉄骨置屋根構造」でも【図8】に示すような屋根支承部の被害が数多く発生しました。
同被害は建物の倒壊につながるものではありませんが、一抱えもあるコンクリート辺が体育館内に落下するためやはり死傷者が出る危険性が有り、避難施設としての使用にも支障が出ます。
要因としてはRC片持ち架構が構面外に振動応答し、支承部に過大な力がかかった点が指摘されています3)。
同被害もエネルギー吸収型の支承を導入することで、RC片持ち架構の応答を効果的に制御できることがわかっており、今後の実用化が期待されます。

【図8】鉄骨置屋屋根構造の地震被害
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最後に、【図9】に示すようなテンション構造、ケーブル構造のエネルギー吸収型デザインについて紹介しましょう。
テンション構造は、軽快な構造デザインを実現するための有力な構造システムですが、塑性設計が殆ど不可能であり、大地震時にも弾性設計を行うことが基本となっています。
初期張力の導入により安定性が確保されていることが多く、張力を維持したままエネルギー吸収を行うには工夫がいります。
このような部材が実現できれば、【図9】に示すようなさまざまな応用形態が可能となります。

【図9】テンション構造の損傷制御
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解決策の一つとして、【図11】に示すような弾性ばねと粘弾性体(または粘性体)を並列させたエネルギー吸収部材が考えられます。
このような機構を構成すれば初期張力は弾性ばねにより保持され、軸変形に応じ粘弾性体(または粘性体)がエネルギー吸収を行うことができます。
この方法は実用化され、【図10】に示すサッカースタジアムのフロントケーブル定着部にばね付粘弾性体ダンパーが設置されました。
実測により、同部材の設置により、減衰定数は約4倍となることが確認され、地震のみならず風応答も低減する効果が期待できます。

【図10】静岡サッカースタジアムECOPA
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【図11】テンション構造用のばね付粘弾性体ダンパー
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このようにエネルギー吸収型の構造デザインはさまざまな形態を有する空間構造に応用可能であり、大地震に対する設計自由度を大きく広げる可能性を有していることがおわかりいただけたかと思います。
最終回は再び話題をビル構造に戻し、想定を超えた巨大地震にも安全性を担保しうる、「心棒をもちいたエネルギー吸収型構造」について紹介したいと思います。
参考文献
- 1)
- T.Takeuchi, S.D.Xue, S.Nakazawa, S.Kato: Recent Applications of Response Control Techniques to Metal Spatial Structures, Journal of the Int. Assoc. for Shell and Spatial Structures, Vol.53(2012), No.2, n.172, pp.99-110, 2012.6
- 2)
- 日本建築学会他:東日本大震災合同調査報告、建築編3、シェル・空間構造、2014
- 3)
- 日本建設技術高度化機構:鉄骨置屋根の耐震診断・改修の考え方、技報堂出版、2015
>> 「第6回:心棒をもちいたエネルギー吸収型構造」